嬉しいわ、すべてを話してくれて。嬉しいわ、すべてを知って。
他人が自分たちに定めた規則よりも、自分たちの良心のほうにより高い忠節をいだくわけです。目標が秩序を維持することならば、それは欠点です。しかし目指すところが学んで適応することであるなら、それは美徳です。
わたしが環境をちょうど正しくお膳立するかぎり、あなたはどんなことでもやれるのね。
われわれは真に荘厳なものへと一歩を踏みだしたのだと思います。しかし、人類は本当の偉大さをほとんど許そうとはしません。
傷を癒す唯一の方法が熱い焼き鏝を傷口にさしこむことでれば、あなたはそうするのよ。
本当にそのひとを知ってしまったら、憎めるもんじゃありません。
わたしたちが何についてもそうしていた程度には確信している。わたしたちはそれが本当であるかのように振舞えるくらいに信じている。そこまで確信しているとき、わたしたちはそれを知識と呼ぶんだ。事実とね。わたしたちはそれに生命を賭ける。
「わたしがそんなに若かったことがあったの?」
「でも、ぼくはそんなに美しく老いるだろうか?」
運命の重みは背負っている本人には判らず、周囲ばかりが、重そうだつらそうだ、と慮るのが常ですわ。