何と言う対価でしょうね。愛が手に入ったかも知れないのに。
彼は、物をちゃんと動くようにさせるこつを心得ていた。
慣れというものの勢いはありがたい。何かに心を奪われていても、疲れていても、酔っていても、やり慣れていることはきちんとできるものだ。
たった一本の柱を頼りに建物を作るやつはみんな馬鹿だ。その一本を引っこ抜けば、全体が崩れてしまう。強そうに見えるが、そうじゃないんだ。
無力な人間が、自分にも何かが――どんなことでもいい――できるという発見をしたとき、たとえその行為がまったく役立たずであろうと、彼はもう無力ではなくなるのだ。
男ちゅうもんはな、不器用な人種や。夫、父、男のうち、ひとつしか百点は取られへんようになってるんや。
「優しい嘘」「一部分だけの嘘」をコントロールすることによって大人は社会生活を成り立たせているのだ。
ともかく喧嘩は小規模のうちにしておくのがコツである。それをせず、我慢することを「乗り越える」と思ってる人は間違ってる。それは乗り越えたのではなく、蓋をして見ないふりをしただけだ。喧嘩が腐ってから蓋をあけると、取り返しがつかないのでご注意を。
愛の炎が消え、未練がすべて消え去った時、愛だと思っていたものは、一挙にガラクタの山と化した。それらをすべて処分できた時、私にもまた、新しい人生が始まるのだろう。